神の沈黙・遠藤周作

人格神論

人格神論・・・・神は全知全能で愛であるという考え
そこで最後に残るのが、聖書に描かれているような、全知全能で、愛そのものの神が存在するが、何か重大な理由があって、人間のやる事に干渉しないとする見方であろう。

もし、神が人類の親であり、全知全能であるのに、「神様助けてください」と祈るわが子を助けることができないとしたら、どんなに苦しい事であろうか。
人間の親でさえ身が引き裂かれるほど苦しいのであるから、愛の根本である神は、人間が、推し量ることができないほどの悲しみを感じているに違いない。

その神の悲しみを実感し、なぜ神が人類を一瞬にして救うことができないのか、聖書の奥義、人生と宇宙の根本問題を解明しているのが文鮮明先生、統一原理、統一思想である。

1. 無神論
(神はいない)
神は沈黙しているのではなく、もともと存在していないという考え。 →無神論について
2, 理神論
(神には愛がない)
全知全能だが、愛のない神が存在し、愛の欠如ゆえにこういう事態に全く手を出さない。 →理神論について
3, 情神論
(神は無能)
愛の神だが、無能な神が存在し、能力の欠如ゆえにこういう事態に全く手を出せない。 →情神論について
4, 人格神論
(神は全知全能で 愛がある)
愛の神であり、全知全能の神は存在するが 何らかの重大な理由によりこういう事態に全く干渉しない。 →人格神論について