悲願

「悲願」。ずっと成し遂げたいと思っていたことが実現される時、この言葉が使われる。歓喜が湧く瞬間なのに、「悲」という正反対の意味を持つ語が入っている。きっと、その「悲」が指す意味は過去に夢砕かれた仲間たちの思いなのだろう。

11月13日土曜日。
駒高OBとして、駒高サッカーとして、誇らしい1日となった。それは歴史的瞬間だった。
年末に開幕する全国高校サッカー選手権。高校サッカー憧れの舞台。遂に駒高サッカー部は初出場を決めた。今では古豪と呼ばれるようになってしまったが今なお東京を代表する強豪校・帝京を1-0で下し全国切符を手にした。この試合は日本テレビで放送され、僕は母校の雄姿を見届けた。

かつて僕も駒高サッカー部員として全国を目指し日々練習をしていた。365日で休みは数えきれるほど。朝は7時前に家を出て帰宅は9時頃。まさにサッカー漬けだった。もちろん、その中で理不尽なこともあれば耐え難い苦しみもあった。しかし、今振り返れば、そこでの3年間は良い経験だった。僕も含めこれまで約40年の歴史を持つ駒高サッカー部の部員は全国という夢をことごとく打ち砕かれ、悲しみに消えていった。しかし、全国初出場を決めた瞬間、ついに過去の部員たちのその悲しみが報われたのだ。いや、過去の部員だけでなく、現在約150名から成る組織でピッチに立てる11人になれなかった部員、いつも駒高を応援していた人や支えてくれた人もそう感じたに違いない。

正月、駅伝では駒大が、選手権では駒高が全国という大舞台で戦う。互いに出場するからには優勝を目指していくのは当然だけど、僕はどちらの選手たちも後悔せずに楽しくその瞬間を大切に頑張って欲しいだけだ。
僕にとっては駅伝・選手権での駒澤共演が「悲願」なのだから。

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最後は少し話を飾りすぎたかな(笑)
とにかく2つの駒澤が全国で戦う姿を楽しみにしたい。

ジョー