石巻市での一週間
一年ぶりの授業ってことで、月曜日の今年初ゼミでは変な緊張をしてました、4年のりょーです、こんにちは。
書こう書こうと思って書いてなかった、宮城県石巻市に行った一週間のことを書きたいと思います。4月14日から一週間、宮城県石巻市に仲間8人で行き、泥かきやがれきの撤去、水産物の撤去等のお手伝いをしてきました。
東北道を自分たちで運転しながら行ったのですが、福島あたりから舗装された箇所が目立つようになり、高速のとなりには屋根の落ちた家々が見えるようになってきました。
石巻市に着いた時は何とも風景が広がっていましたが、海に近づくにつれて、被害が目立ち始め、海沿いでは道路の陥没や全壊の家、大量のがれきとヘドロが入った家や学校などが目の前に広がっていました。
震災からひと月近く経っていた当時、自衛隊や多くのボランティア、住民の方々が道路整備やがれき撤去など、朝から動いていました。


僕らは石巻専修大学にテントを張って拠点にし、そこのボランティアセンターに参加しました。
当時約660人、週末には約1000人のボランティアの方々が集まり、活動をしていました。

僕が一番伝えたいのはどんなことをしたかっていう活動報告ではなく、テレビや雑誌でみるよりも自分の目で見て感じたモノの大きさ強さです。
ボランティアである自分たちの生活も普段とかけ離れた生活であったこと。寒さの続く中テントでの生活、ガス電気水道なし、仮設トイレに風呂は一週間に一度。食料は持参し、大学内に大きな水タンクや発電機があったのでそんなに困りはしませんでしたが、避難所で生活する人はもっと厳しい生活状況であったと思います。
一番印象的だったのは見えない恐怖です。石巻市に行って三日目に宮城県沖で震度6強の強い余震が起こりました。
この地震によって津波警報が発令され、大学内にいたボランティアも一時避難。幸い津波は来なかったのですが、この地震によって宮城県にある女川原発の3つの外部電源のうち2つが停止しました。いつ起こるかわからない地震と津波、そして原発。
さまざまな要素が加わり、経った一週間で疲労困憊になりました。
ただ、石巻市に入った時と出る時で、街の様子が明らかに変わっていました。
道を塞いでたトラックが撤去されるなど、がれき等の撤去が確実に進んでいたんです。
石巻市にいる人がつながり協力をしてみんなが復興をめざす。そこには人の凄さと希望を感じずにはいられませんでした。
被災地では刻一刻と状況が変化していきます。街の様子やニーズ、さらにそこに居る人々の気持ちも。
それらを素早く拾い上げ、まだまだ活動していくことが必要だと思います。
東京に戻ってきて二週間経ちましたが、こっちで出来ることをやりながら探しています。
時間が作ってまたお手伝いに行きたいですが、とりあえず今できることは被災地に行っている仲間の応援と発信。
一日も早い復興と、被災者の方々に平穏が訪れることを祈って、できることをやっていきたいと思います。
りょー
- Published:
- 4.28.11 / 7am
- Category:
- 自分たちができる事
