印度放浪記(後編)
ゆーたです。印度放浪記の後篇です!
インドのバラナシで火葬を見ることが目的であることを前編では書きましたが、もちろん火葬だけをただ何日も見ていただけではありません。
ガンジス川を手漕ぎのボートに乗ってガートの様子を川から見たり、対岸へ渡ったり、インドカレーを食べたりなど、範囲は狭いですが、親子二人で動きまわっていました。
実際には僕にとってはただ歩いているだけでも全てが違う環境なので、発見や面白さは尽きませんでした(^^)
さて、ずっとバラナシという同じ場所に滞在を続けていると、三日目ぐらいから現地の生活にも慣れ、次第に人々の階級の違いや現地の人とインド人観光客の違いなどが分かるようになってきます。
そうなってくるとインドの違った部分を見る事ができるようになり、一段とインドの面白さに気づく事が出来ました。その大きな成果の一つに人との出会いがあります。
正直、滞在初日などは、話しかけてくる人皆が異様に映りとても話を聞いたりなどできる余裕はありませんでした。
しかし日が経つごとに様々な人とコミュニケーションを取る事ができるようになり、高額な値段を設定してくる人に対しても日本語の冗談や笑い声を織り交ぜながら、そんな人との出会いも楽しめるようなってきました。

実際インドの街を歩いていて、人と関わらずに一日を過ごすなんて事は不可能と言っても過言ではないかもしれません。
少しでも興味を持ったりすると、向こうから僕に話しかけて来ます。もし無視なんてしてたら疲れきってしまいます。そのため、気が付いたら料金交渉がそいつの間にか世間話になっていたなんてことも多々ありました。
色々と面白い出会いはあったのですが、とても全てはとても書く事が出来ないので、その中の一つ印象に残っている出会いを紹介したいと思います。
バラナシでの滞在最終日、マーケットを一人で歩いている時です。後ろから日本語で僕を呼ぶ声が聞こえました。振り向くと如何にも土産物屋に連れていきそうな一人の青年。

僕が「どうせ客引きなんだろ?」と冗談半分に応えると、彼は「ひどいなぁ、違うよ」と切り返してきました。そして日本語や英語を交えながら、気がついたら30分以上も延々とガートの階段で若い女の子などのたわいもない話から貧困の話、お互いの国の話などを話していました。
話を聞いていると、彼は近いうちに日本に行くと話してくれました。
生活や環境が違うため、色々と大変だと伝えたところ、彼はさらっと、頑張れば何でもできるから、と答えてくれました。
僕自身、何かに挑戦する時、不安で一歩目がなかなか出ない事が多々あります。今回のインド旅行も、親父に何かあってはいけないという心配や、環境の変化に対して不安な気持ちがありました。
しかし、「行ってみれば何でもできる」という思いを持って海を超えました。そしてインドで同じ思いを持った青年との出会い、同じ価値観を共有できたこと、本当に嬉しかったですね。
短い一週間でしたが、父と過ごした一週間は貴重な時間になりました。
実は最近ようやく自分が思っている事を父と話す事が出来るようになりました。
しかし、家庭の事情で、普段あまり会う事も少なく、親孝行もろくに出来ていません。しかし、今回の旅が少しは親孝行になったのかな、なんて思います。
同時にインドという場所は、結局僕には一言で説明など出来なく、掴む事はできませんでした。それほどまでに様々な人間が生活し、町や風景も常に表情を変えています。
しかし、唯一自信が持てた事は、日本から遥か遠くの場所で、例え言葉も通じなくても「笑顔」があれば、相手は応えてくれるということです。
とても基本的な事かもしれませんが、そんな世界の共通言語である「笑顔」を忘れずこれからも常に全力で走り続けていこうと思います。
インド、最高でした!!
- Published:
- 3.22.10 / 12am
- Category:
- 海外ネットワーク
