迷い、そして迷い
休むことを知らない頭を持つジョーです。何の本に書いてあったか覚えてないけど、人は一日4万回もの(4千回だったかな?まぁいいや)考え事をし、そのうち6割以上が厭世的な事を考えているらしい。
果たして、人は常に考えているのか。
もし、そうだとしたら一体何をどうして考えてしまうのか。
僕は、自分でも呆れるほど考え込んでいる。最近、それが常である。
もちろん寝ちゃえば、何も考えない。でも、朝が来て目が覚めたその時から僕の頭は動き出し、夜が来て寝るまでフル稼働。そして、考え事は厭世的なものばかり。
正直、よく自分がおかしくならないなと思う。
自分で何をそんなに考え込む事があるのか、それをしっかり自分自身で把握しているものもあれば、そうでもないものもある。
就職活動・卒業・社会・家族・今・将来…これらが、今しっかりと自分の中で把握できる「考え込む種」であり、他は何の種なのか全く分からない。
いや、どんな種にしろ、それはもうしっかりと根を張り、太い幹から幾多の枝を生やしている。でも、そこに、花はない。花を咲かすことなく、幹は成長し、枝は数を増やしているような…
何も考えず生きるのも馬鹿かもしれない。でも、考え込みすぎて生きるのもまた馬鹿かもしれない。
どっちにしろ、僕は後者で、前者を羨ましく思う。
でも、僕はきっとこれからもずっと後者だろう。もし、前者のように自分が変わることができたのなら…
ほらね、こうして、僕はまたどうでも良いようなことに頭を使って考え、語っている。
でも、僕にとって考え込むことの唯一の得は、それが言葉となって浮かび上がってくれること。
だから、こうして書いている。この記事を書いた後、きっと後悔するだろうと思いながらも僕はこうして書いている。
最後に、僕はこんな状態の要因を「迷い」だと思っている。
「迷い」は種を育てた水であり、僕をより一層考え込ませ、そして「迷い」へと導き、再び、その「迷い」がおいしい水となるのだ。花を咲かすことのできないおいしい水に。

(毛を刈られたアルパカたち)
みんなは何を考えているのかな??
この夏の最後に、自分は何を考えているのか、考えてみるのも良いかもね(笑)
- Published:
- 9.9.09 / 7am
- Category:
- アイ・マイ・ミー
