福島の小さな雑貨屋
福島市内で小さな雑貨屋をやっている妹がいます。
正式には妹のような友人。
家族ぐるみの付き合いをしてもう20年。
男兄弟しかいない私にとっては妹のような存在。
その彼女と大震災以降、毎晩のように電話で話すのが日課。
「さっき、地震こわかったよー」「東京も大きかったけど、大丈夫?」
「今日、放射能やばいよー」「こっちでも、大丈夫か調べるね」
「桜咲いたよー」「やっぱ、春は来るんだね」
「小林亜星の息子の予言信じたほうがいい?」「今なら誰が言っても当りになるよ」
そんな会話が続いています。
先週の金曜日、夜行バスで彼女のところに行きました。
お手伝いというよりも、彼女の顔が見たくて。
甘いものが食べたいという彼女に沢山のスイーツを持っていきました。
お店はだいぶ片付いていましたが、まだぐちゃぐちゃのところを使えるようにお手伝い。
倉庫代わりの家の傷みはひどく、玄関は開かず、壁も崩れ落ちたまま。
地震で破けた障子というものを初めて目にしました。
大きな余震が続いているため、片付けても壊れてしまう、そんな状態です。
お店には、途切れることなくお客さんが来ます。
こんな状態でお客は来ないのでは、と思いますが、逆でした。
妹は、知合いのお客さんに「東京から来てくれたんですよ」と私を紹介してくれます。
「こんな時によく福島に。有難い」とみなさん言われます。
逆です。こんな時に変わらずに受け入れてくれる福島の人たちは本当に温かいです。
街を歩くと、お店の近くにあった赤煉瓦の福島教会が地震でなくなっていました。
ヴォーリズという世界的建築家が100年ほど前に手がけた最初の宗教建築でした。
壊れた建物や道路はもちろんですが、商店街で目についたのは「がんばろう福島」というポスターたち。
コンビニの窓ガラスに大きく手書きで「負けんな、ふくしま」。力強かったです。
小さなBarの入り口にも「がんばろう、ふくしま」。
地震と原発と商売と、先行きの不安を抱えながらも福島の人たちは本当に頑張ってます。被災地の外の私たちは「頑張って」「負けないで」と簡単に言ってしまうけれど、
被災地の人たちほど頑張っている人たちはいないということを改めて感じました。



街中のコミュニティラジオ局、FMポコに立ち寄って少しお話を伺いました。
自家発電機も使えなくなり、送信機がある雪山の中で夜通し放送を続けた話に小さなラジオ局の真髄をみた気がします。

日曜日、別れ際に泣く彼女に「またすぐに来るからね」と約束すると大きく頷いていました。張りつめた気持ちを緩めることの大切さを痛感した時でした。

福島から帰った翌日。大震災からひと月目の日に、彼女は「この一か月の想いやお店」について店のブログに載せようと前夜に原稿を書いていました。震災以降、商品などについて触れていなかったのでそろそろ書こうかと。しかし、4月11日、またもや大きな地震が起き、そのメッセージを出すどころではなくなりました。
それから5日経ち、彼女は次のようなメッセージをお店のブログで配信しました。

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職人さんが、ひとつひとつ手彫りをして、何度もやすりをかけて仕上げています。
ぬくもりにあふれた動物たちに、心癒されてください。
ぽれぽれ動物 630円
地震から1カ月とちょっとたちました。
みなさんからの応援、本当にありがとうございます。
こうして毎日営業できる事に心から感謝しています。
「ここに来ると地震や原発の事を忘れてしまうわ」と言われ、嬉しく思います。
実はわたしもそうなのです。
これからも楽しい商品をお届けしていきますので、どうぞよろしくおねがいいたします。
全国の友人からの疎開のお誘い、ありがとうございます。
大丈夫、元気にしています。
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店主とお客。
どちらも普通の生活を断片的にでも取り戻していくことが必要で、絶え間ない緊張から少しだけ心を緩ませる時間が必要で、そして、彼女の小さな雑貨屋がそんな時間と場所を提供しているんだと、何だかとても誇らしく思えました。
福島産の韮と立子山凍み豆腐で作ったお味噌汁、とっても美味しかったです。

かなとも
- Published:
- 4.16.11 / 11pm
- Category:
- かなとも事
