卒業制作を終えて…
こんにちは!ゆーたです!!
皆さん、論文・卒論お疲れさまです。大学への提出も完了し、ようやく怒濤のような毎日が一段落しました。
もちろん、卒業がかかる私。特に!!映像班はこれからが正念場ですので、未だに集中力は切らせませんね。
さてさて、18日の卒業論文発表会では、皆さん長い時間本当に有難うございました。
最終的に4位という評価を頂き、驚きと感謝と少しの悔しさ等々色々な感情が出ている心境です。
金山ゼミで初の卒業映像制作という形で、どのように進めて行くべきか本当に悩んだ制作活動でした。
僕が伝えようとしたこと。皆に伝わったこと。是非お時間のある時に、お話することができればいいなと思っております。

このゼミに入り、最初は研究とは何なのか、何が面白いのかは殆ど分かりませんでした。
またチームを組んでやることの難しさも、やはり感じましたよね。
ですが、やった分だけその後の達成感が大きいことを知ってからは、何度も心を折れそうになった時に、
周囲に支えてもらい何とか最後までやり遂げようと頑張ってきました。
今回の制作では映像班での経験がやはり大きかったです。
このゼミで学んだ大きなことの一つが映像制作であり、その集大成として最後に何か残したいなぁと考えていました。

僕の中で映像はパズルのようなものだと思っています。
自分の中で描きたい理想とするものを持ちながら、少しずつ素材のピースをあてはめていく作業。
決してどれが正解かは分かりませんし、終わりも見えなくなってしまうことも沢山あります。
それでも、少しでも近づけたいという想いが制作には欠かせないと日々感じています。
そして、映像は、様々なチカラを持っていると思います。
Days Japanが掲げる「一枚の写真が国家を動かすこともある」、それは映像にも言えることだと思います。
一度に同じ情景を共有することができること。文字とは違う多くの情報や意味を持たせることができることなど様々なチカラを持っています。
最近出会った映像作家さんは、次のようなことを言っていました。
「僕は将来、テロということばの意味を、破壊行為ではなく映像制作という意味に変えたいんだ。」
何だか訳が分からない言葉のようですが、その方は紛争地帯にも何度も足を運んでいる方で、そうした体験を通し、
今のテロという行為はある種の叫び声であり、それが伝えられないから実力行使に及んでしまうのだと。
それならば、何かを訴えていく手段として映像のチカラを活かすことができる日がくれば良いと話していました。
そんな様々な可能性を映像というものは持っていると思います。
今回の作品を通し、そんな大きなものでもなく、小さくても何かしらそうした映像のチカラみたいなものを身近に感じていただけたなら、最高です♩
本当に有難うございました!
それでは!!!
